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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)31号 判決

控訴人 池田武司 ほか一名

被控訴人 西川口税務署長

代理人 石川善則 佐藤恭一 ほか二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人池田武司に対し昭和四九年九月三〇日付でした相続税の更正処分及び同日付でした過少申告加算税の賦課処分のうち相続税額金一、三八六万三、七〇〇円及び過少申告加算税額金六九万三、一五〇円を超える部分はこれを取消す。被控訴人が控訴人池田耕三に対し昭和四九年九月三〇日付でした相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課処分のうち相続税額金八四万六、九〇〇円及び過少申告加算税額金四万二、三〇〇円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

1  原判決添付別紙物件目録(一)及び(三)ないし(五)記載の各土地(以下、本件土地という。)の所有権は、相続人である控訴人らの申告があれば、相続人池田喜一郎の死亡の時点において同人に帰属していたものとみなして課税されるべきである。すなわち、所得税基本通達三六―一二の但書によれば、農地の譲渡所得については契約が締結された日に収入があつたとして申告すれば、農地法第三条の許可がなされていない段階でも収入があつたとして課税する取扱になつている。これは農地の所有権の移転が不確実な時点においても事実上所有権が移転したものとして取扱うことに他ならないのであるから、相続税についても憲法一四条及び租税公平の原則に照らし、譲渡所得と同様な特例を認めるべきである。

また、相続税基本通達第一〇一条は保証債務及び連帯債務について求償不能と認められる額を債務控除することを認めているのであつて、債務を弁済する前でも求償不能の事実が確実であれば、その分を債務控除しようとする趣旨であり、この趣旨をふえんすると、相続開始時に確定的な法律効果が発生していなくとも客観的にある法律効果が発生する確実性があれば、その効果が発生しているものと評価してよいということになる。本件についてこれをみれば、被相続人池田喜一郎及び相続人である控訴人武司には、相続開始時において、すでに農地法第三条の許可要件が備わつていたのであり、現に本件土地を相続した控訴人武司は同許可を得たのである。

さらに、私法上無効な所得についても現実に利得があれば、課税の対象となつているのであるから、農地について農地法上の許可が得られない段階において農地の取得者が農地を現実にその支配下におさめた時をもつて農地の所有権を取得したとみなすべきである。

そのうえ、本件以外の贈与税の課税について農地法の許可を問題にしないで実務上の処理のなされている事例の多々あることが考慮されるべきである。

そうだとすれば、本件相続税の課税については、本件土地の所有権が相続開始時において被相続人池田喜一郎に属していたとみるべきである。

2  相続税法第二二条は財産の評価は時価によるのを原則としているが、相続税財産評価に関する基本通達(以下、相続税財産評価通達という。)第一章一の(二)によれば、「時価とは、課税時期(………)に応じ、不特定多数者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額はこの通達の定めによつて評価した価額による。」と規定しているのであるから、被控訴人主張の如く、相続税法第二二条を直接適用するのは不当である。そして、被控訴人主張のように、本件の課税対象が本件土地の所有権移転請求権であるとすれば、その権利は農地の所有権の移転を最終目的とするものであるから、農地の所有権が移転された状態以上にはならないはずであり、したがつて、右請求権の評価方法は農地の評価方法に準ずることとなる。そして、本件土地の所有権移転請求権の評価は、同通達の第一章五に「この通達に評価方法の定めのない財産の価額はこの通達に定める評価方法に準じて評価する。」との規定に照らし、同通達第二章第三節「農地及び農地の上に存する権利」に記載されている方法によるべきである。そうだとすれば、控訴人らは本件土地を同通達第二章第二節の純農地の評価方法により評価して申告したものであるから、その申告は正当であり、本件更正処分は違法である。被控訴人は、本件所有権移転請求権の評価は同通達第八章第六節二〇四を適用すべきであると主張するが、本件の相続財産は農地の所有権移転請求権なのであるから、支払済み代金を仮払若しくは前渡金に準ずる債権として評価する余地はなく、したがつて、右主張はその前提において誤つている。

(被控訴人の主張)

1  原判決四枚目裏六行目の「帰属するのは、」の次に「本件土地の売買契約にかかる買主たる地位としての所有権移転請求権(債権)である。そして、右請求権の相続開始時における時価は、仮払金もしくは前渡金に類似した内容を有するものというべきであるから、」との記載を挿入し、同九行目・一〇行目の「の前渡金返還請求権である。」とあるのを「と算定評価するのが相当である。」と、同一一行目の「右前渡金返還請求額」とあるのを「右所有権移転請求権額」と、同行の「原告」とあるのを「控訴人ら」とそれぞれ改める。

2  同五枚目裏三行目ないし六行目を削る。

3  控訴人らの前記1の主張は争う。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りにより、その資産の所有者に帰属する増加金を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨であるから、資産の譲渡者が経済的・実質的にその資産の価値増加による利得を享受した時期をもつて課税の時期とすべきである。所得税基本通達三六―一二は、その原則を示したものであるが、同通達三六―一二の但書は、納税者が、課税時期が早まることによる不利益を受忍して、原則による課税時期よりも早い特定の日に利益を享受したとして申告した場合には、これを認める弾力的な取扱いを示したに過ぎない。一方、相続税の課税は、相続または遺贈により取得した財産の価額の総額を基礎として課税が行われるものであるから、まず相続または遺贈により取得した財産がいかなる財産であるかを確定し、さらに当該取得財産の取得の時における価額を算定して課税価額が確定するのである。そして、相続税基本通達第六条は、右財産取得の時期について、相続に関する民法の諸規定(民法八八二条、八九六条、九〇九条、九八五条一項、九九〇条等)に照らし、「財産取得の時期は、相続又は遺贈の場合にあつては、相続開始のときによる。」として、その取扱を明示しているのである。したがつて、相続財産をいつ取得したかまたはいかなる財産を取得したかは、相続開始の時点で判定すれば足りるのであり、それは、前掲民法の諸規定に照らし、相続開始の時における所有権の存否を判定すれば足りるのであつて異論をさしはさむ余地はないのである。右のように、所得税と相続税においては、その課税客体が異なるものであるから、それぞれの認識の方法に応じた取扱を定めることはなんら租税公平の原則に反することにはならないのであつて、控訴人らの主張は明らかに失当である。

また、保証債務及び連帯債務の取扱について控訴人らが引用する相続税基本通達一〇一条は、債務の確定についての判断基準を示したものであるから、本件土地が相続開始時において被相続人池田喜一郎に帰属していたとする論拠にはならない。

次に、私法上無効な所得についても現実に利得があれば、課税対象になつているとの控訴人らの主張は、所得の発生に関する問題であるから、一定の条件があれば所有権を取得したとみなすべきであるとの控訴人らの主張の論拠とはなりえないというべきである。

さらに、贈与税に関する取扱が控訴人ら主張のとおりであることは否認する。仮に、その主張のような事例があつたとしても、単なる事情に過ぎないばかりでなく、そのような誤つた取扱があつたことが判明すれば、課税処分の取消をしている。

3  控訴人らは、相続税財産評価通達第一章一の(二)の文言を引用し、相続税における財産評価は、右通達の定めによる価額ということになるから、相続税法二二条を直接適用するのは明らかに不当であると主張する。

しかしながら、相続税は、相続により取得した財産を課税の対象とし、その課税価値の計算に当たつては常にその財産の価額についての評価を要するところ、同条は、「この章で特別の定めのあるものを除く外、相続……に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により云々」と規定し、時価主義によつているが、同法は「時価」の意義について規定するところがなく、これを解釈に委ねているのである。しかるに、この価額は、負担公平の見地から客観的な価額によるべきことは当然であるが、通常課税物件の財産そのものが取引の対象とされているわけではないことから、結局、同種同型の財産の取引価額から評価されるのが相当となるところ、この見地から相続税の財産評価に関して財産評価通達が定められているのである。しかし、これはあくまで取引の対象とされていない相続財産の評価額の公平を保つために、想定される取引において成立が予定される価額であるのにすぎず、実現した取引価額を意味するわけではないのであるから、課税物件である財産が現に取引の対象となつている場合にまで、この評価方法をもつて定めるのが合理的であるということはできないのであつて、このことは、取引価額は立地条件、取引数量、取引がなされた経緯、取引の相手方との関係等によつて著しく異なるものであることから明らかである。したがつて、相続税の課税物件である財産が取引の対象となつている場合には、この現実の取引価額によることが相続財産の評価方法として合理的であり、公平でありかつ同条の「時価」の解釈に合致しているものということができるのである。

さらに、控訴人らは、農地の所有権移転請求権といえども、農地の所有権の移転を最終目的とするものであるから、農地の所有権が移転した状態以上にはならず、したがつて農地の評価方法に準じて評価すべきである旨主張するが、本件課税処分の争点である相続財産は、本件農地の買主たる地位としての所有権移転請求権(債権)なのであつて、相続財産の評価は、相続により財産を取得した日におけるそれぞれの財産の現況に応じて評価すべきことは当然であるから、債権として評価を行うべきであり、相続税財産評価通達に右債権の評価に関する個別条項が無いからといつて、右債権を農地に準じて評価すべきであるとすることはできない。本件所有権移転請求権(債権)は、本件土地の所有権を取得するに至る以前の状態での財産権なのであるから、本件農地につき売買契約が締結され、当該土地代金及び仲介手数料の支払を完了していたとしても、右代金の支払原因たる売買契約が効力を発していない状態においての債権関係としてとらえる以上、右支払済み代金の実態は仮払金もしくは前渡金に類似した内容を有するものというべきであり、相続財産としては右仮払金もしくは前渡金に準ずる債権として評価を行うべきが当然である。そして、相続税財産評価通達第八章第六節二〇四に定められているとおり、これらの債権の価額はその元本の価額と利息の価額との合計額によることとされているのであり、右規定に照らせば、本件所有権移転請求権の価額は、本件農地の売買契約に基づき被相続人池田喜一郎が土地の取得代金として支出した金員の総額が取引価額として顕在しているのであるから、右支払済み代金の総額をもつて右債権の価額として評価したことは、相続税財産評価通達にもなんら反するところはない。

(証拠の関係) <略>

理由

一  当裁判所も控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由欄記載のとおりである(但し、原判決八枚目表五行目の「被告」から同一一行目の「ない。」までを削る。)から、これを引用する。

1  控訴人らは、本件土地の所有権は、相続人らの申告があれば、被相続人池田喜一郎の死亡の時点において同人に帰属していたものとみなして課税すべきものであると主張し、縷々論拠を挙げているので順次判断する。

(一)  控訴人らは、所得税基本通達三六―一二の但書によれば、農地の譲渡所得については契約が締結された日に収入があつたものと申告すれば、農地法第三条の許可がなされていない場合でも、収入があつたものとして課税する取扱になつているのであるから、相続税についても右の特例を認めるべきであり、かような取扱を認めなければ、憲法第一四条及び租税公平の原則に反すると主張する。そして<証拠略>によれば、農地の譲渡所得については、控訴人ら主張のような取扱がなされていることが認められる。

しかしながら、譲渡所得による収入金額は売買代金額であるから、納税の時期が早いか遅いかによつて、通常は譲渡所得に変動をきたすものではないが、相続税は相続開始時における相続財産を課税客体とし、同時点における時価を評価すべきものであることが相続税法第二二条によつて定められているのであつて、相続財産の評価時期のいかんによつて相続税額の異動をきたすことが十分予想されるうえ、両者は課税の法的性質を異にするのであるから、両者の取扱を同様にしないことに合理的な理由がないとはいえず、したがつて、控訴人らの右主張は採用することができない。

(二)  次に、控訴人らは保証債務及び連帯債務の取扱に関する相続税基本通達一〇一条を挙げて、相続開始時に本件土地の所有権の移転があつたものとして取扱うべきであると主張するが、同条は右債務の返済不能に関する規定であつて、農地である本件土地の所有権の帰属時期いかんの問題とは関連するところがないから、控訴人らの主張は採用の限りでない。

(三)  また、控訴人らは、私法上無効な所得についても現実に利得があれば課税の対象となつているのであるから、農地の相続税の課税についても、買主が農地を現実に支配した時をもつて所有権を取得したとみなすべきであると主張するが、違法な所得に所得税を課税するという問題と農地法上の許可が得られない段階における農地の売買契約上の権利を相続税法上どのように評価して課税すべきかという問題とは異質の事柄に属するから、両者を同種の問題として論ずる控訴人の右主張は採用できない。

(四)  控訴人らは、本件以外の贈与税の課税について農地法の許可を問題にせずに実務上の課税処理がなされている事例が多々あると主張する。なるほど<証拠略>によれば、贈与税について右主張のような事例が相当数あることが認められる。しかし、<証拠略>によれば、右の現象は贈与税の申告件数が多いため事務手続上農地法の許可の有無が看過されていたことに基因するものであることが認められるばかりでなく、仮に、控訴人ら主張のような取扱が事実上なされているとしても、かような取扱が適法となるわけではない。したがつて、本件において適法な取扱がなされたからといつて、右取扱を非難する控訴人らの主張を採用することはできないというほかない。

以上のとおりであつて、本件土地の所有権が相続開始時においては被相続人池田喜一郎に属していたとみるべきであるとの控訴人らの主張する論拠はいずれも採用できない。

2  そこで、次に本件土地所有権移転請求権の評価について検討する。相続税法第二二条は、相続税の課税物件たる財産の価額を特別に定める場合を除いて、当該財産の取得時における時価による旨を定めている。そして、同法が土地については、右時価の評価方法についてなんらの規定を設けていないところから、国税庁が、「相続税財産評価に関する基本通達」を定め、その評価基準に従つて、各税務署が土地の評価をし、課税事務を行つていることは、<証拠略>によつて認められる。

ところが、本件のように農地法上の許可のない状態における農地の所有権移転請求権の評価については、例外的なこととして、右通達にはなんら規定するところがない。そこで、かかる場合の右請求権の評価についてどのような解釈をとるべきかが問題となるのであるが、控訴人らは、本件土地の所有権移転請求権は農地の所有権移転を最終目的とするものであるから、農地の所有権が移転された状態以上にはならないはずであり、また、同通達の第一章五は「この通達に評価方法の定めのない財産の価額はこの通達に定める評価方法に準じて評価する。」と定めているから「農地及び農地の上に存する権利」に準じて評価すべきであると主張する。

しかしながら、農地法上の許可を要する農地の売買における許可のない間の買主の権利は、債権的な所有権移転請求権であるにすぎず、控訴人ら主張の農地及び農地の上に存する権利(右通達四一ないし四三によれば、農地上の権利とは地上権、永小作権及び耕作権を指す。)とは性質を異にするものであるうえ、相続税法上の課税において、右両者を同一視することは、罰則まで設けて農地の無許可の権利移動を制限している農地法の法意に反することとして、許されないものというべきである。したがつて、本件土地の所有権移転請求権は、農地としての土地所有権もしくはその上に存する物権的権利たる財産として評価すべきではなく、本件土地の所有権を取得する以前の状態における債権的権利たる財産として評価すべきものであると解するのが相当である。そして、本件においては、前記認定のとおり、相続開始の日である昭和四七年九月四日の約二か月半前である同年六月二〇日及び同月二三日の両日に亘つて本件土地の売買が行われ、右売買における経費を含めた価額二、八五九万三、四〇〇円は、右相続開始当時における取引価額としても相当であつたことが認められる(原判決九枚目表末行から同裏七行目まで)から、本件においては右の取引価額をもつて本件土地の所有権移転請求権の右相続開始時における時価と評価することが合理的であり、右のような時価の評価が相続税法第二二条の法意に反し、あるいは租税平等主義に反する不当な時価算定ということはできない。

以上の認定、判断に反する控訴人らの主張は採用することができない。

二  よつて、原判決は相当であつて本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之 鈴木重信 糟谷忠男)

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